Winter on Fire

私は、普段、自然災害や紛争などの被害者に対して、公にはお悔やみの言葉を伝えることがありません。

企業であれば、公式に声明を出すのが一般的ですが、それには理由があります。

2015年にフランスでテロがあった時、同時期にアフリカでもテロがあったのに、日本では一言あったかなかったかの報道だけで、ほとんど報じられることがありませんでした。

もちろん、日本人にとってより馴染みのある国での出来事がより注目されるのはわかります。

ただ、テロの被害者数もより多かったのにスルーされてしまっていて、人の命の価値に重さの違いをつけられたかのように感じ、何とも言えない悲しいわびしさを抱いたことを覚えています。

世界中、いつもどこかで災害があり、紛争があります。

その全部を拾って反応したら、毎日お悔やみの言葉だけで溢れてしまうし、

逆に、何かに対して反応したら、線引きをして選択したように感じるかもしれないと思い、

それ以降、公に声明を出すことをやめました。

ただし、今回のウクライナへのロシアの侵攻に関しては、ここから第三次世界大戦にもなりうる事態であり、私なりに思うことを綴りたいなと思います。

オランダのMBAでは、東欧からの学生がたくさんいて、その中には、ロシア人も、ウクライナ人もいました。

旧ソ連国の人たちは、母国語でもお互いに会話ができ、日本人の私からすると面白いなと思ったものです。

皆、よりよいキャリアと生活を求めて、卒業後は、そのままオランダやイギリスなどEU圏で暮らしています。

それらの国々の政府やシステム(医療なども)の腐敗は、私の感覚からは想像がつかないものだと感じました。

その後、奇しくも、私は、アフリカ、ガーナに渡りましたが、アフリカのそれともまた違う類のものです。

今回のウクライナ侵攻に至るまで、現ウクライナ政権が親EUでそれを嫌がるロシアぐらいの構図しか知らなかったのですが、ウクライナ人は、ヨーロッパの一部になることを望んでいて、そのために本当に血を流して闘って、ヤヌコビッチ政権を倒し、親EU政権を誕生させたことを、2015年に制作されたNetflixのドキュメンタリー『ウィンター・オン・ファイア:ウクライナ自由への闘い』を観て知りました。

このような闘いがあったこと、日本では当時一切報道されていなかった気がします。

もちろん、西側が制作したドキュメンタリーですから、ウクライナの中にも親ロ派はいて、その意見が反映されていない面もあるでしょう。

でも、大数が腐敗した親ロ派の政権を嫌い、ロシアの屬国のような状態に嫌気がさして、ヨーロッパの一部になることを望んでいるということがわかります。

平和的な抗議活動に対する政権側の暴力的な反応や、その卑劣な人の尊厳を傷つけるような手口、それにも負けず立ち上がる人たちの姿は圧巻でした。

独裁者は、虐げると人は服従すると考えるから不思議です。

虐げられると、人は鋼のように強くなるのです。

外国に住むウクライナ人が戦うために祖国に戻ろうとしていると聞き、すごいなと思いましたが、なぜなのか、このドキュメンタリーを観て理解できました。

ウクライナ人であることに誇りを持ち、国を愛し、より良い国を未来を後世に残したいと願っているのです。

ロシアは、今日、彼らが前政権を倒す拠点となった広場に、ミサイルを落としました。

ウクライナ人は、とてもタフで強い人たちです。

死ぬまで闘うでしょう。

戦争を経験したセルビアの友人が、真冬に電気、ガスが止められ、水道も凍り、いかに寒かったか、そんな経験をしてきたセルビア人がいかにタフで根性が違うか、だから人口は少なくてもスポーツで活躍する人が多いんだと誇らしげに語っていたことを思い出します。

各国首脳は、傍観しても、軍事行動に移しても、大戦になりうるので、タイミングと適切な対処が求められ、難しい舵取りを迫られていることだと思います。

自分がリーダーならどうするだろうか?と考えても、なかなか答えが出ません。

と、同時に、本来、政治は、人々のためであるはずなのに、権力が、政治のために人を振り回してしまう現状にもどかしさも感じます。

いつの時代も、戦争をしたがるのは戦場に行かない権力者で、犠牲になるのは市民です。

ロシアもウクライナも。

東欧の冬は、骨に染みる寒さです。

今も寒さに凍えている人たちがいます。

どうか、この無益な戦争が終わり、ウクライナが主権国家として彼らが望む未来を描けますように。

 

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